Who is the nice guy ?






「ふふふふ〜」
「何だよ、気持悪りぃな」
「だって、嬉しいんだもんv」

彼女が隣で笑っていて嬉しくない野郎はいないだろう。
が、今のこいつの表情はニヤケているといった方が正しいか。


約束通り!? 数日の拘束で手に入れた恋人と過ごす時間…と予定以上のバイト代。
心身ともに余裕の出来た俺は、普通のカップルらしい!?デートを送るべく、
江藤とショッピングモールへと足を伸ばしたのだった。
懐が温かい余裕からか、柄にも無く俺は江藤にあれこれと勧めてみるけれど、
結局は幾つものショップを冷やかすだけで。
それでも嬉しそうな笑顔を絶やさぬ江藤に、こちらの頬も知らずしらず緩むのを感じて、
俺は慌てて口の内側を噛んでは表情を引き締める。



ちょうど吹き抜けになった空間にイベント等でも使われるのか椅子が設えられていて、
俺達は一息入れるために腰を下ろした。

「真壁くん夏の間ず〜っとバイトって聞いてたから、こうしてお出かけ出来ると思ってなかったんだぁ」
嬉しさから零れた言葉は当人はその意を全く含んでいなくても、俺の心にズキリと走る物がある。
生活の為と知っているからこそ、江藤は会う時間が削られることに対して文句を言うことも無く。
けれど、寂しさを抱えている彼女の心の内は、こうした時にふと気付かされてしまうから。

「…わりぃ」
「あ、そういう意味じゃなくて! すっごく嬉しいってだけ」
思わず零れた俺の謝罪の言葉に、江藤は胸の前で大きく手を振って溢してしまった言葉を掻き消そうとする。

「ごめんなさい、文句を言ってるつもりじゃないの…」
一気にしゅんとする姿は、まるで太陽が雲に隠れてしまったようで。
そんな頭をポンポンと叩いてやれば、再び雲の切れ間から陽は燦々と降り注ぐ。


「ところで、バイトは終わったの?」
「…ま、まぁな。 やっぱ向いてないみたいだし」
「そっか、ゴメンね、役に立たなくて」
「イヤ、おれの性分の問題だし、サンキューな。 ま、休みの残りは適当に過ごすさ、…宿題もあるし」
「うんv 後はず〜っと一緒にいられるんだよね」

当然のことながら、俺はあの企画の件を江藤にはしていなかった。(話せるか!)
後ろめたさを隠しつつ会話を進めながらも、江藤の極上スマイルに悩殺されそうになる。
…ってか俺の理性、どんどん薄っぺらくなってねぇか?




と、俺の頭上から聞き慣れたメロディが降り注いだ。
聞き慣れていたのはここ暫くの間に、否、俺自身はあの撮影以降、幾度も耳にしてきたからだ。


そのメロディに耳を奪われるように、江藤は頭上のオーロラビジョンに視線を遣る。
そこに流れているのは、紛うことなく俺がモデルとなったあのCMだった。
そして、周りにいるやつも江藤と同じ様にその画面に見入っていた。
これと同じ様な光景がこのショッピングモールだけではなく、各地で見られているらしい。


昨日、電話越しに聞いた筒井の声が甦る。

「おい真壁、あのCM、すごい話題になってるらしいぜ。
 あの完璧なボディの持主は誰かって問い合わせが殺到してるらしいよ」

自分の中では終わった事であったし、からかい半分の電話かと思い取り合わなかったが、
どうもそうではなかったらしいと、今更ながら気が付かされる。
こうして、そろいも揃って口を開けては画面を見上げる人々の姿を実際に目にしてしまっては。
妙に居心地の悪さを覚え、俺は取りあえず隣で口を開けている江藤の頭を軽く小突く。


「おい、何ぼけーっとしてるんだよ」
「ん? ああ、真壁くん見た?」
「何を?」
「あのCM。 ちょっと前から街中のポスターや雑誌の広告とかに出てたじゃない? 
 それがね〜女の子の間で評判になってるんだよ、カッコイイって」
「は? カッコイイって身体しか映ってねぇだろ?」
「ん〜だから…かもしれないけど。 
 ほら、数日前に登校日だったじゃない? あの時もこのCMの話題で持ち切りだったんだよ。
 胸板とか二の腕は筋肉に包まれているけど、モリモリって訳じゃないし。 
 でも手首やウエストはすっごく細くって。 …細マッチョっていうの?  
 あんな黄金比の身体を持った人だったら、絶対カッコイイに違いないって皆話してたんだよ〜。
 凄く鍛えられた身体で腹筋とか割れてるし、ツルツルだし…」

ツルツルって何だよと色々と突っ込みたい所を、俺はぐっと堪えて。
そんな見えない(映っていない)容姿の部分さえ勝手に決め付けて盛り上がる、女共の想像力の逞しさに呆れる。
どうやら自分の知らぬところで噂は一人歩きを始めているらしい。
こうした反応を見事に読み取った企画の目の付け所の良さとに、
俺はこの時になって初めて、少しばかりあのオッサン達を見る目を変えたのだった。


「鍛えてたって、身体と顔は別モンだろ?」
「だから! 顔が映らないから、余計に想像を掻き立てられるんだってばv
 そこにこのCM放映でしょ? 動きがしなやかで、まるで獲物を追う豹みたいだって。
 …それに、あの釦が外れてちょっと見えかけてるお尻とかおへそとかも凄く色っぽいし…」 

撮影時に浴びせられた(恐らくこちらをのせるためであったとは思うが、俺には逆効果だった)
賞賛を思い出して、俺は今更ながら羞恥に苛まれて顔を赤らめる。
…ってお前まで顔を赤くすんなっ!


それに、だ。
こうまで手放しに褒められるとそれが俺だとはいえ、正直ムカツク。
江藤があの身体の正体を「俺」だと認識してないのが分かるから、余計に。
(無論、正体がバレないのは本来の望みでもあるのだが)
つーか、自分で自分に嫉妬してどうすんだよ、俺。


「真壁くん? あ、怒っちゃった?」
「…別に」

自己嫌悪と実情をぶちまけることが出来ない苛立ちに更に口が重くなった俺を、
自分が他の男を褒めて俺が気分を害したと勘違いした江藤は(それがあながち間違いで無いのが
余計に癪に障る)、慌てふためき俺を覗き込む。

「ほ、他の子が言ってたんだからね。 わたしには真壁くんしかいないんだからっ!」
「…ああ」

江藤が白昼堂々と想いを告白すればする程、俺は照れ臭さと、己の矮小さと、
様々な感情が無愛想な表情の下でせめぎ合い、益々身体が地中にめり込んで行くような感覚に捉われて。

すっかりショッピングを続ける気力をなくした俺達(というか俺)は早々にその場を後にしたのだった。





アパートに戻った俺を出迎えるのはいつもと変わらぬ古ぼけた壁に日に焼けて黄ばんだ畳、
小さな小さな部屋。 けれど、それが現実で。

大体、話の種にした奴らは絶賛した身体の持主がこんな貧乏アパートに住んでるなどと、
これっぽっちも思ってないだろ。
クソ、せめてエアコンぐれぇ欲しいよなぁ。


腹立ち紛れに扇風機のスイッチを足で押しては、俺は深く溜息を吐いた。

「あ〜、もう、真壁くんてば、また横着して」

途中で買い込んだ食材を冷蔵庫に仕舞い(既に俺のアパートの小さな台所は江藤の領域になりつつある)、
麦茶の入れられたグラスを手に部屋へと足入れた彼女は、子を叱る母親のような表情で俺の行動を咎める。
が、眉をしかめて睨む表情さえ愛らしくて。(“絶対に”口に出しては言わないが)
ま、こいつが傍にいさえすれば…こんな暮らしもいいかと思う俺も、相当イカレてる気はするけどな。




江藤の心尽くしの手料理を二人でのんびりと味わって。
未だ気の利いた言葉の一つも溢せるわけではないけれど、それでも奇麗になった俺の皿を満足そうに
眺めては台所に向かう後姿を眺めつつ、俺は畳にゴロリと寝転んだ。


やっと日中のジリジリと身を焦がすような陽は沈みはしたけれど、
開け放った窓からは依然として生温い風だけがゆるりと入り込むだけ。

すっかりと色を落とした空に星が瞬き始める頃、いつも俺は思案に暮れる。
即ち、彼女を家まで送っていこうか、それともこのまま引き止めようか、と。
そんな俺の内心の葛藤に気が付かず、片付けを終えた江藤はリモコンに手を伸ばしスイッチを入れた。
大きな音は昼間も耳にしたあのメロディを部屋の中へと響かせて。

「ん〜、…やっぱりカッコイイよねv」

隣に座り込んだ江藤はリモコンを手にしたまま、うっとりとした表情で画面に見入っては呟いた。



てか、さっきも思ったが、…お前、本気で全っ然気が付いてないだろ?
自分以外を除けば、お前が一番目にしてるんだぞ? ブラウン管越しではない、俺の剥き身の身体を。
…そりゃ、その前に自分が剥かれちまっている場合が殆どだから、
じっくりと鑑賞するような余裕など無いかもしれないが。
けれど、遡れば俺がガキの頃から中身を知ってるんだろ? 何しろ“育てて”くれたのだから。


どこまでも鈍感な江藤に、例え同一人物であってもこいつの心を奪う虚構の中の自分自身に、
俺はまた醜い嫉妬の炎を焦がす。
それは、酷く無意味でガキっぽい事だと分かってはいるけれど。
そして、そう思ったところでやっぱりこれが“俺だ”とは既に切り出せない状況になっているけれど。

…クソ、何か色々腹立ってきたぞ



「きゃ! 真壁く…」

俺は寝転んだ姿勢のまま、江藤の手首を掴んでは胸元に引き寄せると、
手からリモコンを取り上げてはブチリと電源を落とす。
作った笑い声がブラウン管から消えて、部屋には切なげな吐息だけが響き渡った。

「ん…」

あ〜あ、俺、何やってんだ、カッコわりぃ
そう自覚はしていながらも潤んだ瞳で見上げる江藤と共に、俺はそっと床に沈み込む。




彼女の首筋に刻み込むような口付けを落としながら、俺は小さく呟いた。





     “今夜は、帰さない…”








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