Who is the nice guy ? 





「まか…」

口付けの間に、切れ切れに俺の名を呼ぶ江藤。
その声を聞きたいのと、月明かりの下でも紅く、艶かしい色を放つ口唇に惹き寄せられる力もまた同じくらいで。
どちらにしたところで俺が江藤に溺れているという事実には変わらないけれど。


が、いつもならそのまま首に回されるはずの細い腕は俺の胸を突いた。
柔らかい口唇の感触に、匂い立つ彼女の香りに早くも理性を蕩かされて、
俺の身体はその先を望んで正直に反応する。
けれど、腕の力は次第に弱くはなっているものの変わらずに俺を押し返す。

“拒まれてるのか?”

ふと頭を過ぎった恐ろしい考えに口付けを中断して顔を覗き込めば、
その瞳は不快感を表しているのではなく、むしろ、いつもよりも俺を求める色が濃く滲んでいた。


「え…とう?」

真意を測りかねて小さく名を呟く俺の口唇に、江藤の細い指がそっと触れる。
上唇を、そして下唇の輪郭を辿って行くだけなのにぞくりとするような、それでいて熱いモノが背を駆け上がる。

「おこってるから……だく…の?」

“カッコイイ”と呟いた江藤の手からリモコンを奪って。
虚構の中の男に、そしてそれは紛れもない自分自身であるのに、嫉妬して無理矢理に奪った口唇。
その無体な行為は江藤に違う感情を抱かせたのだろう。
他の男に目を奪われた自分を責める気持から抱くのか、と。


普段から自分の気持を形にするのが苦手な俺は、言葉に詰まれば詰まる程
それを隠すように行動で示そうとしてしまう。
そんな態度は江藤が大らかで寛大な心の持ち主だからこそ、これまで受け容れられていただけのこと。
なのに許されているのだと勝手に解釈を摩り替えていつまでも進歩のない俺を、
江藤が咎めるのはやぶさかでないことだ。

「…違う。 そうじゃねぇ」

今も江藤は大きな瞳で俺の目を見つめて、その広い心で本音を推し測ろうとしている。
けれど、俺ですら形に、言葉に出来ない醜い心はそんな短い否定の言葉だけでは表し切れる筈もなく。

「じゃあ…?」

僅かに上がった語尾は、拒絶の意ではなく、ただ知りたがってるだけ。
俺が江藤を求める本当の胸の内を。
口唇を辿っていた指は、そのまま俺の頬へと添えられて柔らかく表層を撫でる。

「わたしは…真壁くんじゃないから…わからないよ」

俺のように“心を読める能力が無いから”考えていることを“言葉にしてくれなければ”分からない。
否、江藤に限らず、特別な存在がいる者なら誰もが相手の本心を知りたいと願う。
それが出来るという事に胡坐をかいているつもりは無いけれど、結果としていつも俺は同じ過ちを繰り返す。


口唇を奪った、本当の理由

もう一人の俺を、レプリカントの俺を否定して欲しかったんだ、…何より江藤自身に。
例え作り物の中のあれが俺だったとしても、今、お前の前にいる俺だけが本物だから。
けれど、この件に関して何一つ話していない江藤に、そんな事が分かる訳ないよな。





溢れた滴がすっと目尻から黒髪へと悲しい線を作っては消えて行く。
また一筋の線を作ろうとしている滴を口唇で掬って、俺は江藤の身体を抱き起こした。
そのまま横抱きにして膝の上に乗せると、俺は空いた手で自分のシャツの釦を上から一つづつ外す。

「え、えっと、まか…」

突然の行動に戸惑う江藤は真意を問う言葉を溢すけれども、俺は答えずに全ての釦を外し終えた。
灯りの点いた部屋の中で、今と同じく普段は目に入れば視線を逸らせて恥らう姿を見せる彼女の
手をそっと取っては、先程押し返された自身の胸に軽く置く。

バイトで陽に焼け、ボクシングで付いた筋肉の肌の上に置かれた雪のように白く柔らかな手は、
互いの性の違いと質感の違いを如実に現し出す。


始めは戸惑うような仕草を見せていた小さな江藤の手が、次第に自分の意思を持ってそろりと動き出した。
胸元から下へジーンズの縁まで下がった手は質感を確かめるようにやわやわと、時にぺたぺたと肌をなぞり、
再び上がっては浮き出た鎖骨を身体の中心から肩にかけて辿る。
その動きに快楽を呼び覚まされ、ごくりと息を飲み込んだ喉仏に触れた後、彼女の手は肩に掛けられた。

何かを言いたげに江藤の口唇が動く。
けれど確信を持てないのか、それは探るようなひそやかな声で。

「もしかして……」
「ああ、そーだよ」

僅かに顔はしかめていたが、その言葉は思ってたよりもするりと口から零れた。

「う、…そ」
「じゃねぇよ。 これがバイトが早く終わった本当の理由」

突然の思ってもみなかった俺の告白に、江藤は最初はぽかんと口を開いていたけれど、
驚きと得心が広がるにつれて俺の取った態度に、抱えていた逡巡に気が付いたのか、江藤は急に大人しくなる。



「言いたく…なかった?」

一度カミングアウトしてしまえば、無様な嫉妬を抱いてまで必死に隠そうとしていた事すらも、
江藤の心を傷付けた事を思えば、彼女から拒まれることを思えば、大したことでは無くて。
けれど、おずおずと見上げる江藤の瞳につい俺のサデスティックな部分が働いた。

「まーな。 けど、お前が鈍感だから」
「鈍感って!」
「だって、よく知ってるくせに全く気が付かなかったろ?」
「良くって! …もぅ」

恥ずかしそうに肩に埋める江藤の顔は耳朶まで真っ赤に染まって。
シャツ越しに伝わる彼女の頬の熱さが妙に心地良く、俺は頭を抱いては肩口へと押し付けた。


しばらく顔を埋めていた後、江藤は“良かった”と小さく呟いた。
…怒りに任せて、身体だけを求められているのではなくて良かった、と。


そうさ、どれだけその心を自分だけで満たしたいと俺が思っているか、お前は知らないだろう。
俺を見ろ、…俺だけを見ていろ
内なる呟きにまるで感応するかのように、江藤の口唇から零れる言葉。

「わたしは真壁くんだけ…だよ?」

分かってる、そんなこと。
だけど、お前に溺れ切ってる俺は、自分では溢せないくせにお前の言葉を欲しがる。
ずるいとは分かってるけれど、それを許すお前に甘えているんだ。





まだ光るものを目元残したまま俺を見上げる江藤の頤を右手で引き寄せて。
腰を抱く左手に力を篭めては二人の距離をもっと近付ける。
触れ合うほどに近くなった口唇は自然と重なり合って。

先程、力ずくで塞いだ口唇を今度は感触を確かめるように少しずつ触れ合って。
啄ばむように二度、三度表層を味わった後、ぴったりと重ね合う。
角度を変えて、息を確保しながら、それでも苦しげに洩れた息の隙間から、俺は口腔内に侵入する。
縮こまる舌に安心させるように舌先を伸ばしながら、彼女をくまなく味わって。
口付けに酔いしれている江藤のワンピースの前釦へ、俺は手を掛けた。


「ちょ、ちょっと…まって」
「待てない」
「まてな…って」

息継ぎに離した乱れた息の下、慌てたように江藤は釦に掛かった俺の手を押さえる。
けれど、それを許さずにするりと江藤の下に手を潜り込ませては、俺は簡潔に望む言葉を吐いた。
驚いて見上げる江藤の表情にくすりと笑っては、俺は本音を少しだけ漏らす。

「さっきは、拒否られたのかと思ったじゃねーか。 だから、気が変わらないうちに…」
「ちがっ! だって、急だったから……」
「急じゃなきゃ、いいのか?」
「イジワルッ!」

他愛ない言葉のやり取りの間も、こんな時だけ器用になる俺の手は江藤の上半身から、
一枚になった布切れを腕から引き抜いて。
腰周りに留まるそれは、江藤の細さを一層際立たせる。



可憐な膨らみとその中心に咲く蕾を守る金具をそっと外して開放する。
煌々と点いたままの灯りの下、自らも上体を起こしたままで晒される肢体に恥じらい、
俺の視線を感じて薔薇色に頬を染める江藤はとても奇麗で。
引き寄せられるように俺はその頂点を口に含む。

「あかり…けし…て」
「いやだ、しっかりおれのも目に焼き付けといてもらわないとな。 …それに…見たい」
「やきつけって…、見たいって…」

駄々っ子のような俺の言葉に江藤は今度こそ絶句したが、それが本音なんだ。

俺以外に目を奪われないで、ずっとその瞳は俺だけを映し続けて
そして
お前以外に目を奪われない、ずっと俺の瞳はお前だけを映し続けるから



「イヤ…か?」

耳元で囁いた言葉に反応したのか、それとも動いた空気がくすぐったかったのか、
ゆっくりと床へと横たえられた江藤は少しだけ首をすくめては俺の首へと手を伸ばして回す。

「もぅ、…ホントに…いじわる」

緩く引き寄せられた腕の力に抗わずに沈んだ俺の耳元で、拗ねるようなあやすような口調で江藤は言葉を溢す。





力で灯りを消す前に、花のように微笑む江藤の姿を焼き付けると、緩くカーブを描く口唇へ俺は降りていった。








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