Mission Completed






   小さな頃から欲しいものは、欲しいと思う前にわたしの目の前に並んでいた。


   優しいお父さま、キレイなお母さま、可愛いおとうと。



   「蘭世さんのご家庭って、お父様は江藤コンツェルンの統帥でいらっしゃって、
    そのうえご家族が仲がよろしいなんて羨ましい限りですわ。」



   これは友達の言葉なのだけど、そうなのかな?ほかのおウチのことはよく分かんない。

   
   欲しいもの。仲の良い家族。
   色んなものがわたしの周りに溢れかえってる。

   
   でも、一つだけ手に入らないモノ


   「それは、お父さまやお母さまがプレゼントすることは出来ないんだよ。」


   ずっとむかしに何か欲しいモノはないか聞かれた時、その名前を口にすると
   お父さまは珍しく、ホントに珍しくそうおっしゃった。


   何でも手に入れることが出来るお父さまにも手に入らないものがある・・・


   例えばー


   お伽噺の王子さまとお姫さま

   お母さまと一緒に観た映画のふたり

   ふたりの間にある気持ち。

   そんな気持ちになることの出来る相手ー
 


   「好きなヒト。」



   その日以来、この言葉はわたしにとって甘い、ハチミツみたいに甘い呪文のようになった。








   「お父さま、お呼びですか?」

   執事にお父さまが呼んでると告げられて、わたしは書斎のドアをノックする

   「蘭世かい?入りなさい。」

   わたしが入ると、パソコンの画面をじっと見つめて忙しなくキーボードを打ち付けていた
   お父さまが顔を上げた。その眼は少し怒っていて十分に心当たりのあるわたしはドキッとする。

   「なぜ呼ばれたか分かっているようだね?」

   「・・・はい。」

   「一人で出掛けてはいけないとあれほど言っているのに、どうして約束を守れないんだい?」

   「だって!お父さま!どこに行くのも車で執事の澤村と一緒。お友達とお茶をする時もよ!?
    これじゃあ、好きなヒトもできないわ!」

   「蘭世、まだそんな事を言ってるのか。何度も言ってるが相手は候補の中からゆっくり選べばいい。」

   「それは・・・」

   「言い訳は良くないよ。それにお前がいつ危険な目に遭ってもおかしくない物騒な時世だ。
    現に脅迫状まがいのものも絶えない。それら全てお前がターゲットにされている。」

    お父さまの言葉で今まで何度か経験した怖い思いが脳裏をかすめて寒気がした

   「今までは幸いにも未遂ですんだが、いつまでも幸運は続かない。澤村も高齢だ。
    お前も父様の言うことを聞かずに一人で出掛けようとする・・・
    危険は日常に絶えず潜んでいるんだよ?・・そこでだ。父様は、お前のためにボディガードを用意したんだ。
    ・・・入りたまえ。」

   お父さまは、最後の言葉を扉に向かって投げ掛けた。

   その言葉のあとカチャリと静かに扉が開いて、男のヒトが入ってくる

   
   シングルのタイトな黒のスーツにサングラスをかけた長身の男のヒト。

  
   「真壁俊君だ。お前と同い年だが、今までも数多くの著名人のボディガードを勤めて業界ではちょっとした
    有名人でね。知人からの強い推薦があって彼に決めたんだ。今日から早速仕事に入ってもらうよ。」

   「・・・真壁です。」

   マカベというヒトは低い声でそれだけ言って、申し訳程度に少し頭を下げた。
   ボディガード?今日から?

   「えっ?お父さま、これってどういう・・・」

   「蘭世、悪いが父様は忙しいんだ。これからの事は彼と打ち合わせてくれ。」

   
   そうやって、半ばお父さまから追い出されるように彼とわたしは書斎を後にした。
   とりあえず、自分の部屋に戻ろうと歩きだしたわたしの後をマカベさんは何も言わずに付いてくる。

   「・・・・・」

   「・・・・・」

   普段はとても優しいお父さまだけど、この家ではお父さまの言うことは絶対的で決定は覆ることはない。

   このヒトがわたしのボディ・・ガード・・?

   幼稚舎の頃からエスカレーター式の学校に通っていたし周りにいた男のヒトって、お父さまと弟の鈴世、
   執事の澤村くらいだった。お父さまの言う「候補」のヒト達はあんまり話したくなかったから同い年くらい
   のヒトって、少し緊張するなぁ・・・。

   でも、ご挨拶はちゃんとしなくちゃ。

   「あの〜宜しくお願いしマス。」

   「・・・・」

   あれ?聞こえなかったかな?
   声が小さかったかも。

   「あの、マカベさん。これから・・」

   「俺の事は無視してくれて結構なんで。普段は存在を忘れて必要最低限のことだけ言って下さい。」

   マカベさんは、表情を変えずにそれだけ告げてまた黙った。
   サングラスをかけてるから、もとからあまり表情は分からないのだけど。

   でも、マカベさんはなぜそんな事を言うのかな?

   「なぜですか?わたしは初対面の方には、きちんとご挨拶したいんです。
    それに、あの・・目を見てご挨拶したいんで、サングラスを外していただけますか?」

   すると彼はしばらく考えたあと、ため息を一つついてサングラスを外した。
   サングラスを外した瞳は、切れ長の意志が強そうな真っ直ぐな瞳で、その目にじっと
   見つめられたわたしは、なぜか力いっぱい走ったあとみたいに心拍数が上がってしまった。
   なんで?顔もなんだか熱い。

   「これでいいですか?」

   自分の反応に戸惑ってどうしていいか分からず俯いたわたしの頭の上から対照的に
   落ち着き払った声が降ってきた。見上げると、マカベさんはもうサングラスをかけてしまってる。

   「もうかけちゃうんですか?」

   「・・・制服みたいなもんなんで。」

   そう言うと、マカベさんはわたしの横をすり抜けると早足で歩き出した。
   まだご挨拶の途中なのに。

   「あっ、マカベさん!まだ・・・きゃっ!」

   コンパスの全然違うマカベさんを慌てて追いかけようとしたわたしの足は縺れてしまって、
   体はスローモーションのように床に向かって倒れていった。

   痛いかも!

   どうすることも出来なくて、目をギュッと閉じる

   ・・・・あれ?痛くないや。

   ゆっくり目を開けると、周りは真っ暗だった。なんでだろう?よく見ると真っ暗だと思っていたのは、
   黒のスーツでわたしはマカベさんに抱きかかえられるようになってる。

   「わわっ、すみません!!」

   また心拍数が一気に上がってしまって、マカベさんに心臓の音が聞こえるんじゃないかと思って
   急いで離れた。
   転びそうになったのを助けてもらったみたい。

   「あ、ありがとうございマス。なんでだかよく転んじゃうんですよね!」

   恥ずかしくて、わたしは一気に捲し立てる。

   「・・・言っておきますが、俺の仕事は周りから危害を加えられる場合に備えての身辺保護だ。
    あなたのお守りじゃない。こういう事はこれからは自分で気をつけてください。」

   淡々と言われて胸がズキっと痛くなったけど、そうだよね。うん。これからは注意しなくちゃ。

   「そうですよね!これからは注意しますね。助けて頂いて本当にありがとうございました!」

   わたしは、感謝の気持ちをこめて頭を下げた。

   「・・・分かれば結構。それじゃあ、俺は廊下にいますんで、出掛けるときは必ず俺に声をかけて下さい。
    くれぐれも一人で出掛けないように。」

   「ハイ。・・あっ!そうだ。マカベさん、マカベさんって漢字どう書くんですか?」

   わたしはずっと気になっていた質問をしてみる。
   するとマカベさんは一瞬動きを止めてじっとこっちを見た。
   見たって言ってもサングラスをかけてるから、やっぱりあんまり分からないんだけど。
   なんか、変なこと言っちゃったかな??

   「あの・・・怒ってるんですか?」

   「・・・いや。別に怒ってません。・・・・調子が狂うだけだ。」

   最後の言葉はすごく小さかったから、わたしには聞こえなかった。
   聞き返したら失礼かしら?とか色々考えているうちに目の前に名刺がすっと出てきて、私は慌てて受け取る。


   『真壁 俊』


   真壁俊さん・・・名刺に書かれた名前を心の中で呼んでみる。
   たったこれだけのことだけど、真壁さんのことを一つ知った気がして何だかくすぐったい気持ちになった。


  



   それからもいつも通りの日常が続いて真壁さんが傍にいるのにも慣れていった。
   ううん、慣れていったというより真壁さんが近くにいるのが当たり前で安心するっていう方が近いかも。

   近くにいて分かってきたこと


   無口で無愛想なのは相変わらずだけど、決して悪いヒトじゃないコト

   何もない日が続くけど、手を抜かずに仕事を全うする真面目なヒトだってコト


   お父さまの心配するようなことは何も起こらないし、業界では「有名人」らしい真壁さんにいてもらうのも
   何だか悪い気がしちゃうんだけどなぁ・・・

   「・・・聞いてるんですか?」

   「え?」

   すぐ隣で真壁さんの憮然とした声が聞こえてびっくりした。
   ここは、車の中?
   考え事に没頭していたわたしは、すぐには状況を把握することが出来なかった。
  
   すると、真壁さんの大きなため息が一つ。

   「いいですか?今向かっている所は規模も大きくて不特定多数の人間がいるんだ。リスクも高い。
   俺も気をつけるが、自分でも注意して下さい。だから・・・」

   「だから?」

   「・・・ぼんやりするな。」

   「・・・ハイ。」

   また怒られちゃた。



  
   「蘭世様、到着いたしました。」

   運転手さんの呼び掛けで、わたしは目的地に着いたことを知る。
   そう、今日はお父さまの会社の創立記念パーティー。こういう場所には例の「候補」のヒト達もたくさん
   来ているからイヤなんだけど。
   そのうえ、パラパラと雨が降り出してきて余計に憂鬱になっちゃう。

   「蘭世様、申し訳ございません。建物の構造上少し歩いて頂かなければ・・・」

   運転手さんが本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
  
   「ううん!全然大丈夫。運転ご苦労様でした。」

   わたしは運転手さんにお礼を言って傘を広げて歩き出した。
   ふと後ろを振り返ると真壁さんは傘を差さずについて来てる。

   「真壁さん。傘は?濡れちゃいますよ?」

   「手が塞がってると何かと不便なんで。それにたいした雨じゃない。」

   話してる間にも、真壁さんの肩は少しずつ濡れ始めてる。しかも今日は寒いのに。

   「ダメですよ!風邪引いちゃいます。それじゃあ、わたしの傘に入ってください。」

   早く入ってもらわなくちゃ。と慌てたわたしは、何も考えずに真壁さんに傘を差し向けた。
   ・・・そう、真壁さんとのかなりある身長差なんて全然考えずに。

   「あっ・・・!」

   気づいた時には遅すぎて真壁さんは降ってる雨じゃなくて、わたしの傘のせいで髪や顔が濡れてしまっていた。

   顔から血の気が引くって初めて経験したかも・・・

   カバンからハンカチを取り出して恐る恐る真壁さんに差し出す。

   「・・・どうも。」

   いつも通りの低い声でそれだけ言って、真壁さんはハンカチを受け取った。

   また怒らせちゃった!盗み見るようにチラッと見上げると、丁度サングラスを外していた真壁さんと
   目が合ってしまった。

   「やっぱり怒ってますよ、ね・・・?」

   車の中でぼんやりしてたのと、今の出来事への謝罪の気持ちを混めて真壁さんを見上げたままでいると、
   真壁さんは少し、ほんの少しだけ笑って

   「まるで、悪戯がバレてしまったガキみたいだな。・・・怒ってませんよ。」

   と言った。
   真壁さんの笑った顔を初めて見たなぁと、てんで的外れなコトを考えながらわたしは真壁さんに見入ってしまう。

  
   笑うと優しい顔

   また一つ知った真壁さんのコト

  
   「何?」

   「・・・笑うとかわいいんだなぁ・・・と思って・・・」

   わたしは瞬きも忘れてしまって、ただの莫迦なオンナの子になったみたいに真壁さんから目が離せない。

   「なっ!・・・やっぱり、あなたといると調子が狂う。」

   真壁さんはそう言ってサングラスをかけ、そっぽを向いてしまったけど耳朶がほんのり赤い。


  

  
   甘いー


   ハチミツみたいに甘い呪文
 

   スキナヒトー


   突然湧いてきたようなその呪文はわたしの胸を甘く締め付けた。







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背景 Abundant Shine 様








   
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