それが不自然でなくなる頃、彼らは本当の恋人同士になると思う…な話





「ばっかじゃないの」

耳の内側で、否、頭の中全体にわんわんと響き渡るセリフ。
そうさ、分かってたさ、外見ばかり取り繕ったって。
けれど一度だけでもいい、同じ場所に立ってみたかったんだ。



じいちゃんの家の地下室はそこいらの秘密基地なんかよりもっと神秘的で。
無闇に開けてはダメよと、ばあちゃんや母さんの小言をしょっちゅう喰らいながらも、
数ある扉を開けるときのわくわくした気持には勝てずに、小さい頃から俺はちょくちょく入り浸っていた。
その一つの扉の先には人間界とはまた違う世界が、彼女の住む世界へと繋がっていたから。


久々に来たじいちゃんの家には珍しく人影が無くて、俺は久しぶりに地下室に足を踏み入れる。
何の気なく開けた扉の先にはもう一つの扉が、その向こうには三枚の長さの違うカーテンが並んでおり。
右端のカーテンを摘まんで鏡を覗き込めば、見る間に身体が伸びた。
これって、…年をとる鏡なのか。
変に長く伸びた手や足を動かして、ぐるりと見渡せば床がいつもよりも遠くに見える。
それは、多分数年後の自分の姿、なのに自分ではないような気がして。
ふとあることを思いついた俺はその姿のまま違う扉へと手を掛けた。



訪れた魔界で俺の姿を見た父さんのばーちゃんや王様は俺の姿に絶句し、
或いは小さく口中で呟いた、カルロと。
それってじーちゃんの本で読んだ、父さんの遠い遠い親戚のようなもんだろ?
でもって、冥王とかってのとの闘いで亡くなったとかいう。
父さんが何を思って俺にそう名付けたのかは知らない。
俺は俺で、いつだって「真壁卓」だったから。

だから、大きくなった自分を見るだけでは無い過剰な反応を訝しく思いながらも、
その本当の意味までは分からなかったんだ、と言うより、気が回らなかったんだ。
俺の、この姿を見たらココはどんな反応を示すだろう、そのことだけに頭が一杯で。

当然、ココの反応は王様達とは違っていた。
けど、俺を見て言ったんだ、それよりももっと衝撃的な言葉を。

「ばっかじゃないの!」
「なっ、…悪かったな!」
売り言葉に買い言葉、一気に頭に血が上ったから、その後どんなことを喋ったかなんて良く覚えていない。
そのまま城から想いヶ池の畔までテレポートして、池に飛び込んで。
ここに戻って来てうずくまったまま、動くのが億劫になった。


分かってたさ、外身だけ大きくなたって、中身が伴わなければ意味が無いってこと。
どんなに埋めたくとも決して埋まらない5つの年齢差。
コンプレックスを魔力で摩り替えて埋めようとした幼稚さに自分で嫌気が差す。

でも、見てみたかったんだ。
もし、ココと俺が同じ年だったら、俺はココの隣に立つにつりあう姿になれるのかって。
俺の姿を見て、先が楽しみよ、とでもココが言ってくれるかと、
そんなことを思うことがそもそもガキみたいな発想だと自嘲する。

何か疲れた、もうどうでもいい。
どうやったって、俺とココの差は埋まらないし、
きっと、何年経ってもお姫さんと釣り合うようになれるなんて、俺には無理だ。
預けた背から伝わる石の冷たさが、逆に何だか心地良い。





キィと軋んだ音がして扉が開き、小さな足音が部屋へと踏み入れた。
確かめもしなかったけど、それが誰だか俺には直ぐに分かったんだ、ココだって。

「んだよ。 追い撃ちをかけに来たのかよ?」
ふて腐れたガキのまんまで背後の気配に言葉を投げる。
そうした行動自体が、余計に自分の幼さを露呈してるって分かってるのに。

「違うわ」
「じゃあ、何だ……っ!」
苛立ったまま振り向いたココの瞳は涙で滲んでいて、更に投げつけようとしていた言葉の礫は喉に飲み込まれる。

「違うの、バカなのは自分なのよ。 卓が力を使ったって人の事なんて言えないのよ。
…そんなの、私だってとっくにしたことだもの」
「ココ?」
「私だって魔力で姿を変えたことがあるわ、知ってるでしょ?」
「ああ」
そんなこともあったなと、愛良と同じくらいの年に身を変えた在りし日の姿を思い浮かべる。

「さっき卓に向かって言ったことってね…自分に言ったことなのよ。
どんなに形を変えてみたって、本質的なものは変わらないの。
例えば、どんなに姿を変えたって女の子に騒がれてる卓を見たら胸がもやもやっとするし。
…それこそおかしいわよね、幼稚園生が中学生に本気で恋焦がれてる姿なんて」
冗談めかしてココは喋ってるけど、きっそれは実際に過去に抱いた気持なんだろう。

“本質的なものは変わらない”

そうだな、5つの差が埋まらないのと同じ様に、
どんなに相手の姿形が変わったって、好きな気持は変わらない。
何でそんな簡単なことに気がつかないんだろう、やっぱガキだな、俺。

それに、とココは続ける。
「私たち魔界人なのにね。 …永遠の寿命の中のたったの5年よ?
人間界にだって年の離れたカップルは沢山いるし、魔界人の間になんてきっともっと沢山よ。
なのに、どうしてこんなに気になっちゃうんだろうね?」
本気で不思議そうに口を尖らし呟くココはただの無邪気な少女で。
とても俺より年上だなんて思えなかった。

「それは…」
「え? 聞こえないよ、卓」
「…そんだけ相手のことが気になるってことだろっ!」
“好き”だなんて直接的な言葉はまだ到底言えないけれど、この位なら素直に言えばいいものをと
内心では思いつつ、ついつい怒鳴ってしまう親譲りの口下手さが恨めしい。

「ふふっ」
「…気持悪りぃな」
目尻に光るものを細く白い指でそっと拭いながらココが微笑んだ。
熱を持つ頬を感じながらも、やっぱり口をついて出るのは悪態ばかりで。
代わりに、手を伸ばして真っ白で傷一つ無い手をそっと握る。
俺と同じくらいの大きさの手だけれど質感は全く違う、
ふわふわと砂糖菓子のように柔らかくどこまでも白い指の先には、薄い桜色の爪が淡く色付いて。
手触りとその温もりを離したくなくて、俺達は口を開かぬまま、ただ互いに手を握り合っていた。





「ねぇ、どうせなら、ちょっとだけ遊ばない?」
「は?」
「いいじゃない、ホラホラ立ってってば」
何を思い付いたのか、ココは俺の手を引っ張って立ち上がる。
足に鉛玉を括られたようにあれ程動くのを億劫に感じていた身体は、彼女の手に導かれていとも簡単に動き出す。

ココはカーテンの掛かった右端に立ち、俺は真ん中に立つ。
「いい?」
ココの掛け声に合わせて捲ったカーテンの前でココはちょっとだけ若返って、俺ほんの少しだけ年を取って。
同じ年齢になって二人で向かい合った。 

「これで、同い年よ」
「でも、中身は変わんないんだろ?」
「中身は…自分達で変えるもの…でしょ?」
「…だな」
「でも、意外とお似合いだと思わない、私達?」
頬をちょっと染めながら、悪戯っぽくココが微笑む。

やっぱり、俺より少しだけ素直な分、今はほんの少しだけ彼女は年上だと思う。

でも、二人の間にある気持ちは同じだから。
年を取ってもきっとずっと変わらないだろうから。

いつもより高い位置から差し出す手に、握り合う位置もちょっぴり床から遠く。
いつもと違う感覚に、何となく二人で顔を見合わせて微笑みあった。





それは、きっと近い未来に二人にとって自然な感覚になる…はず。







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