その先に見えるモノ



久々に高校の時のクラスメイト数人と集まった。
美味しいもが食べられるのはお店を選ぶにあたって当たり前の事だけど、
女同士だったら同じくらい大事なのは、如何にそのお店に長居出来るかってこと。
お店の人が聞いたら目を剥いて怒るだろうけれど、だけど、それが正直な気持。
尽きない話の度にお店を変えてたら、こっちのお腹がたぽんたぽんになっちゃう。
だからテーブルがゆったりと配置されていて、ちょっとくらい大きな声で笑い合っても
直ぐ隣で顔を顰める人もいない、更に極上のスイーツが味わえるこのお店はとっても重宝しているんだ。



クリスマスイブだ、ケーキだと年齢を嘆いていたのは一昔以上前のこと。
大晦日を過ぎるか過ぎないかのギリギリのところに来てたって、前ほどは焦りはしない。
今は「婚活」なんて言葉も出て来てるけれど、自分に不利なそれらの言葉には耳を塞いで。
それよりもやっと会社でも責任ある仕事を任されるようになった、その喜びのほうが大きかったり。


お嬢様学校だっただけあって在学中から花嫁修業に勤しみ、卒業と同時に結婚なんて子も中にはいたけれど、
それなりの程度もあった聖ポーリアからは大学に進学する子も結構居た。
私もそんな一人だったし、仲の良かった子は大概そうだ。
だから、日曜の午後にこうしてブランチを兼ねたプチ同窓会を開くのも、実は結構久しぶりのこと。


近況や、仕事のちょっとした愚痴、年齢に相応しい話題から始まっても、
時と口調はあっという間に教室ではしゃいでたあの頃に戻る。
その中に色っぽい話題が出てこないのも私達らしいんだけど。

「う〜、美味しい、このワッフルふわふわで最高! 溶けかかったアイスの絶品なこと」
「このガトーショコラも中はしっとりしてて、外のビターチョコと相俟って…」
俄かレポーターになった私達はそれぞれのお皿に載ったスイーツを突きあって、
お弁当のおかずを交換し合ったあの頃を思い出す。

「でもさぁ、妙齢の女がこれだけいて色っぽい話は出てこないのかねぇ」
「ちょと、『これだけ』ってたった四人だし!」
「にしてもよ、会おうって言って都合のつかない理由が仕事じゃ悲し過ぎ」
「じゃあ、言い出しっぺが話題を提供してよ〜」
「んなもん、あったら自分から語り出してるわよ」
本心がモロに滲み出たその一言に、場はし〜んとしてしまう。

「まま、まだ……若いし」
「…その間は何なのよ」
「結婚していない子だって結構いるんじゃない? 同級生の中じゃ…」
お互いに慰め合ってるのか傷口を舐め合ってるのか分からないけど、
その分スイーツは無くなる速度を増してそれぞれの胃に収まってゆく。




「同級生…か」
「どうしてるかね、皆」
仲の良かった子とはこうして都合をつけて会ったりもするけれど、皆忙しくなるのか、
最初は毎年行われていた同窓会も、何年か経つとその頻度はがくんと落ちた。

「消息の分かる子かぁ…」
しんみりとしだしたその場の雰囲気は、窓際にいた子の大きな声で打ち破られた。

「え、あ、嘘、…あれ、真壁君じゃない?」
「え、 どこどこ?」
「ほら、あそこ 」
「あ〜、ホントだ〜」

カフェの窓ガラスに女4人がべったりと貼り付く姿は、傍から見ればかなり異様で滑稽な光景だけど。
でもその場にいた私達は、その姿のまま暫く固まってしまった。
確かに、横断歩道を渡りこちらに向かってくる背の高い人物は、
紛れも無く学園のアイドルだった…真壁君だ。

アイドル、そう呼ぶのは風貌からして相応しくないかもしれない、せめてヒーロー?
入学当時の生徒会長とのやり取りは今でも私達の間では語り草だし、
その後、体育会系の部活が格段に増えたのも、そして、
聖ポーリアの名をスポーツの世界で一躍有名にしたのも彼だった。


大きな歩幅でゆっくりと歩くその姿は昔よりもずっと大人びて、
沢山の人が行き交う波の中でも一際目を引いている。
端整な顔立ちに長い手足、ほっそりして見えるけどその肩幅はがっしりとしていて、
鋼の筋肉が布の下に隠れていることが、きびきびした動きからも窺えた。
元々格好良くはあったけれど、僅かに少年ぽさを残していた横顔は一層彫りが深くなったような気がするし、
どこから見ても隙の無い姿は、「イイ男」って言葉がぴったりと当て嵌まりそう。
何かを見据える様なしっかりと力を持った眼差しは、今も変わらずに前を向いている。
ううん、昔と大きく変わった点が一つ。
それは彼の大きな手が伸びた先、手を握るには背が足りず、必死に真壁君の指先を掴む小さな姿。
横を歩く小さな歩幅に合わせて彼はゆっくりとゼブラを渡り終えると、
もう片方の手でジーンズの膝を引っ張り、話しかける小さな背に視線を合わせるように身を屈めて。

次いで、くしゃりと音がしそうなほどの笑顔がその子に向けられた。
在学中には決して(特定の誰か、はともかく)私達は目にすることの無かった、真壁君の破顔だった。

「あれって、……やっぱり真壁君の子だよね」ぽつりと一人が呟いた。
「…てか、ミニチュア?」

『誰の?』なんていう愚問が続かない程、その一言は的を射ていた。
そう、その子は同じくクラスメイトだった…江藤さんをそのまま小さくしたようで。
長い黒髪は、制服の背を覆っていた彼女と同じくらいの長さまで、真っ直ぐストレートに伸び、
くりくりと大きな瞳は好奇心一杯に輝き、紅葉のような手である方向を指しては真壁君に何かを尋ねていた。

あの頃の彼女の、大きな瞳でじっとこちらを覗き込む姿は、二つ年上だとは思えないくらいあどけなくて。
彼女の笑顔を見ただけで、思わずつられて微笑んでしまうようなこともしばしばだった。
かと思えば真壁君を間に挟んでしょちゅう神谷さんとケンカしていた、勇ましい姿
(というよりはじゃれ合っていた様にも見えたけれど)も同じくらい私達の記憶の中には残っていて。
とにかく、素直さと気さくさ、そして女の子らしい優しさを持った江藤さんのファンは、
学園中の男子だけに止まらなかったのだ。
…尤も、一番に、というより彼女のその全てが向けられていたのは視線の先の彼だけ、だったけれど。


何かに頷き、その頭を大きな手で優しく撫でると、
真壁君は小さな身体を軽々と腕に抱き上げ、再び人混みの中へと消えていった。
きっと、二人の帰りを待っている江藤さんの元へと。
たぶん、急ぎ足で。

魔法が解けたかの様にほうっ息を吐き、
打合せた訳でも無いのに私達は席に着くと、目の前のティーカップから一斉に紅茶を啜った。




「そういや、大分前に結婚してたんだっけ」
「確か、真壁君がチャンピオンになって直ぐ、…じゃなかったっけ?」
「…って、…二人とも21くらいの時?」

はーっとまた一斉にテーブルに零れる溜息。
突きつけられた20代の数字に、自分のその頃を思い出して。
懐かしさはあるけれど、その時が過ぎ去って寂しい訳でもない。
学生時代がそろそろ終わりを告げる時期に来ていたけれど、まだまだお遊び気分は抜けきらなくて。
将来何になりたいか、何をやりたいかも朧気どころかその輪郭すら見えずにいた頃。
ボーイフレンドや仲間に囲まれ、恋人と呼べるような人もいたけれど、
そのまま永遠を誓い合う相手だとは、きっとお互いに思ってなかった気がする。

そんな自分の中ではアヤフヤな年齢に、既に一緒に歩く人を見つけ、その一歩を踏み出した二人。
身を固めるのには若過ぎるでも無く、若いのに偉いとかでもない。
学生時代、果たして付き合ってるのかどうかが話のネタになったこともあった二人だけど、
あの頃から彼女の瞳は真壁君だけを見ていたのは明らかなことだから。
だから、真壁君が結婚したとスポーツ紙の記事が伝えた時も、
素直に、「ああ、相手はきっと彼女だろうな」と思い、詮索をすることもしなかった。


真壁君が不意に見せたあの満ち足りた笑顔だけで、今が幸せだって一目で分かるくらい。
自分より大切な誰かの存在、それが紛れも無く彼を更に輝かせていた。
あんな格好いいダンナ様を早々に独り占めしちゃった事に、
(或いは、あんな可愛い奥様を独り占めしちゃった、かな?)羨ましさはちょっぴりあるけれど、
でもそれよりも、自分の知っている誰かが幸せな姿を見て、純粋にこっちも幸せな気分になった。




「一体どうやってプロポーズしたんだろうね、…あの真壁君が」
不思議でならないという響きの篭った声に、全員がブッと噴出した。
「やだ、紅茶飲む前で良かった〜」
「でも、本当にそうだよね〜、知りたいな」
「今度、同窓会があったら聞いてみようよ?」
「うん、…江藤さんに、ね」


こうして一人気ままを楽しむ私達は、まだまだお尻に殻をつけたまま社会を歩くひよっこなのかもしれない。
同じ世界で着実に自分の居場所を得て、守るべきモノを増やしている人もいる。
それはちょっぴりの焦りと、それよりも大きな安らぎを私達に与えてくれる。
いつか、きっと同じ様に自分も特別な誰かを見つけられるんだ、特別な存在になれるんだと、
その姿がそう私達に言ってくれてるみたいに。


私達が見たのは、きっと彼の幸せの一コマ。



もっと聞いてみたいな、二人はどんな道を歩んで来たの?って。





私達は彼女の春の陽射しのような微笑を思い出し、笑顔で紅茶を飲み干した。





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