2.彼にとって、夢の国はハードル高過ぎるよね…な話(色々な意味で)





「良かったね〜」
「ね〜」
中学時代に戻ったかの様に(か、以前から全く変わらないかの判別は難しいところだが)、
互いに手のひらを合わせ、飛び上がって喜ぶのは江藤と小塚。

久々の再会も江藤の性格によりあっという間に時間の溝は埋まり、
高校でも学年は違うものの、良き友人の一人になったのは言うまでもなかった。

「これで夏休みは一緒よ、蘭世」
「よろしくね〜、楓ちゃん」

女学生のように(事実そうだが)ぺちゃくちゃと取りとめの無い話をしていた二人の側で
うとうととまどろみ始めた俺の目がバチリと開く。
…小塚、お前、今何て言った?

「あら? 真壁君起きてたんだ。 なら丁度良いか、今伝えておけば誤解が生じることも無さそうだし…」
「何だよ?」
妙に悪戯っぽい笑みを浮かべている様な気がするのは気のせいか?

「夏休みの蘭世は借りるわね。 一緒にバイトするのよ、夢の国で」
夢の国って…あれか? 県にあるくせに東京って冠を付けてる…あそこか?

「大丈夫、蘭世に悪い虫が付かないかどうかちゃんと見張っててあげるから。
…心配だったら通ってきてもいいのよ?」
まだ見ぬバイト料を何に使おうかと皮算用を始めた江藤に聞かれないように、俺に耳打ちする小塚。
さりげなく入れるフォローはさすがだと思うが。
つか、お前、そんなキャラだったっけ? …女版日野にはならないでくれよ。


こうして、小塚(と江藤)の見事な先制を喰らい、且つ無邪気に喜ぶ姿を見てしまっては、
(江藤を人目に晒したくないという個人的な理由だけで)今更バイトを止めろとも言えず。
苦虫を噛み潰したような俺の顔をニヤニヤと眺める小塚の顔だけが妙に印象に残ったまま
夏休みが始ったのだった。




当然、俺自身にもバイトは詰まっている訳で。
しかも無愛想、不器用、取り得は頑丈な身体ぐらいしか思いつかない俺は、
当然サービス業に一番不適切な人間で。
真夏の灼熱と、あるいは深夜の人工的な熱に晒されながらの現場のバイトがメインとなり、
実情を分かっていながらもぼやきつつ、文字通り汗水垂らして働いていた。

「よ〜、兄ちゃん。 もっと楽なバイトがあんだろ?」
「そうそう、あんちゃんの面構えならもっと楽に稼げんじゃねえか?」
揶揄ではなく、心底人を心配するように尋ねてくるバイト仲間はその多くは俺よりかなり年上で。
無骨で真っ正直な分、俺の口も同年代に対するより軽くなる。
「…いや、俺そういうの苦手だから」

「でもよ〜、ほらツン何とかっつうの? そういうのが好きな女だっていんだろ?」
「若いな、玄さん。 それとかよ、ホストっつ〜手もあんじゃねえか? 歳なんかいくらでも誤魔化してよ」
「んだな、俺があんちゃんだったら迷わずそっちを選ぶけどな。 まさか男に興味があるんじゃねえだろ?」
段々と付いていけなくなった内容に言葉少なに答えていたら、
当の俺を置き去りにいいように解釈され始めた。
…つかおっさん達元気だな、この夏空の下で。


この夏空の下で、…そう考えてふと空を仰ぎ見る。
真っ青な空に唯一輝く夏の陽射しが眩しくて目を細める。

あいつも今頃バイトしてんのか。
同じ空の下、少し離れた地にいる江藤を思い浮かべた。




「えへへ〜、こんな感じなの」
バイトの説明会の後、ユニフォームの試着をしたらしい江藤はそれを携帯に撮り、俺に見せてくれた。
楓ちゃんにも、真壁くんにちゃんと見せといてあげなねって言われてるし、そんな言葉を呟きながら。
…分かってんじゃないか、小塚のやつ。

暗めの緑色のワンピースは袖口と襟元に白いレースがあしらわれ、
黒い縁のついたエプロンをし、頭にはこうもりのカチューシャ、
細かいことにその後ろには黒いリボンが、同じく長い黒髪に垂れていた。
まず最初にスカートの丈をチェックしてしまったのは…男の性だ。
そして、何よりも裾を引き摺るくらいのその長さに安堵した。
真夏に長袖、長い丈の服は違う意味で苦労がありそうだが、
それを差し引いてみても人気の高いと言われるのも頷けるユニフォームだった。

「ま、いいんじゃねぇの、親父さんも見守ってるみてぇだし」
頭のこうもりを指して軽口を叩いた俺に、江藤はあははと屈託無く笑った。



夢の国と言えば、客の大半が家族連れ…か、カップルか。
意外とガキあしらいは上手いと思う。(精神年齢が近いから…と言ったら怒りそうだが)
連れがいてちょっかいを出すような奴はさすがに居ないだろうし、小塚もいるしな。


似ているようで日野と違うところは、小塚はまだ信用に足るという所だ。
勿論、シフトの関係などもあるだろうからびっちりと江藤をガード…とはいかないだろう。
が、江藤の純粋な想い(と言うのは俺に対しての…だから気恥ずかしい気持ちはあるものの)を
知っいてる分、俺の懸念にも気を配ってくれるだろう。
(日野は、…気持ちは知ってても自分の楽しみの前にはそれを蔑ろにする奴だ)



真夏の暑さは水を浴びても小一時間ほどで濡れたシャツも乾かしてしまう。
手早く昼を食べ終えた俺は公園の水道を捻り、思い切りよく頭から水を浴びる。

そういや、今週はまだ会ってねぇな。
ぶるりと頭を振りながらぼんやりと思った俺の後ろでまたも声がする。

「何だ、兄ちゃん彼女のことでも思い出したか?」
「それとも、逃げられたか?」
「違うって」
勝手に人の恋路を決め付けられては叶わないので、そこだけは声を大きくして否定する。

「あいつもバイト中です」
「ん、どこなんだ? 夏だし誘惑も多いぞぉ?」
「平気ですよ。 …夢の国…だから」

俺のその一言を聞いた途端、
にやりと笑う奴、豪快に笑い声を上げる者、最初の反応は様々だったが、
その場に居合わせた全員が最終的には腹を抱えて笑い、俺の肩をばんばんと叩いた。

「あ〜、そら心配でも中々行きづらいわな、兄ちゃんには」
確かに、江藤が行きたいと言った時でさえも、俺はどうしてもあの夢と愛の詰まった魔法の国にいる自分や、
キャラクターの着ぐるみに囲まれている自分が想像出来ず、頑として断った。

「結構、夢も高いしな!」
…っ、それ! 
思わずおっさんの胸を指で指しそうになって、俺は慌ててポケットに手を突っ込んだ。
思い切り当たってる、確かに痛いのだ、俺にとってその出費は。

そもそもあの国!?の存在自体が全く興味の対象外、それが第一の理由。 
が、一日パスポートなんたらの値段を見てびっくりしたのもまた事実だ。
たった数時間、(しかも俺にとっては拷問に近い)時を過ごすだけで、
汗水垂らして稼いだ数日分のバイト代が軽く飛ぶんだ。
まあ、どうしてもと言われれば、江藤の笑顔にそれだけの大枚を払うには吝(やぶさ)かではないのだけど。
(きっとバイトに通えば、その後にお願いされるには違いないので一応腹は括ってみた)
それでも一人で様子を窺いに行くのとは訳が違う。

一人園内で佇む俺、楽しむ俺。
…想像出来ねぇし、したくもねぇ!

慌ててぶるりとかぶりを振り、ぼんやりと浮かび始めた恐ろしい場面を頭から振り払う。



「でもよ、夏だからな〜、結構一人もんもいると思うぜ〜」
「そういうの好きそうな奴もいそうだしな、オタクって言うんだっけ?」
だーっ! …だからおっさん達、何でそんなことに詳しいんだよ!

人がなんとか土中深く埋めようとした懸念を無自覚にぐいぐいと穿り出すおっさん達の会話を聞きながら、
俺は頭の中で、素早くこの夏手にするはずのバイト代を計算していた。



けどよ、どう考えてもやっぱり一人であのゲートはくぐれそうにないんだが。




ゲートの前で檻の中の熊よろしく右往左往する自分を思い浮かべ、俺は大きな溜息を吐いた。








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リクエストは
「蘭世ちゃん、バイトin某夢の国。(幽霊が出る大邸宅/要英訳、のコスチュームで)
気になる真壁くんは金銭的、心理的に大打撃必死の二重のハードルを超えられるのか?」でした。





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