1.たぶん今の時代だったら、真壁くんも真面目に学校に行っていただろうね…な話(ガードの為に)





「おはよう、真壁くん」
「オス」

背中から声を掛けられて振り向いた俺は軽く返すと、江藤の姿を視界に捉えた途端にふと違和感を覚えた。
ブレザーから緩やかな前半身に垂れる三つ編みにした長い髪。
今日もヘルメットのようにびっちりと揃った前髪。
俺と違って折ることなく、先まできちんとプレスされたブラウスがブレザーの先から覗いている。
手にした鞄だって俺と同じ鞄とは思えないくらいパンパンだ。(中身を活用しているかは別として)
そして弁当の入った、これまた大きなサブバッグ。
そこまではいつもと変わらぬ風景。

何かが引っ掛かる。

もう一度頭の天辺からじっと江藤を見つめた視線が…一点で止った。


“な、何だ、その…裾の短さはっ!”
 

ゴシゴシと目を擦ってみても、当然のことながらスカートの長さは変わらなかった。
いつもなら膝の下10センチ、手に持った鞄は紺のプリーツに縁取られて。
膝下スカートから学校指定のクルーソックスまでの20センチにも満たない(←細かいな;)
部分だけが唯一、生脚を剥き出しにしている部分のはずなのに。

膝頭もばっちり、そのかなり上、白い腿の半分近くを晒した状態にまでスカート丈は上げられていて。
ジャンパースカート、ではなくミニのプリーツスカートになっていた。

「お、お…」

その長さは…と口を開きかけたところで、果たして指摘できるはずもない。
そんな俺の様子を訝しげに見返す江藤、お前は何にも感じねぇのかよっ!


みっともないほどうろたえ、震える指で辛うじて下の方を指し示すと、漸く江藤も視線を下へと向けて。
…ああ、なんだと小さく呟いた。

「何だじゃねーだろっ、その長さっ!」
思わず怒鳴るように口からついて出た俺の台詞にも、きょとんとした目で見返すばかり。
「大体、校則違反だろー…」

ん? 待てよ?

怒鳴る俺を遠巻きにして校舎へと急ぐ他の生徒たちを見れば、
…そいつらのスカート丈は一様に江藤と同じくらいに短くて。
他の奴らがどんな長さであろうとどうでもいいことだが、この学校の規則ではスカートは長くなかったか?
これだけ規律違反している奴はいないだろうと思う当の俺が、
読んだことも無い生徒手帳の校則ページを必死になって思い出そうと無理なことを試みる。

「? 真壁くん具合でも悪いの?」
少し心配そうな顔つきで俺の側に駆け寄ってくる。

うわっ、走るなっ、裾が翻るだろうがっ! 
俺しか見たことが無い(はずの)内腿が他のやつにも見えるっつーの!

一気に跳ね上がった心拍数に思わず自分の胸倉辺りをぐっと押さえつけた。

「真壁くん? …どうしたの? スカートなんて前からこの長さじゃない」
何をおかしなことと言うように自分のスカートの裾を持ち上げて視線を落とすと、
裾を摘んだまま俺の顔に視線を合わせる。

…つか、それ天然か? …それともわざとか?
頼むからそれ以上…晒さないでくれ。
鼻の奥がツンとして、それからじわじわと熱くなってゆく感覚がして慌てて目を逸らす。

「楽なんだよね〜、丈が長いと足に絡まるような気がするし、夏場は暑いし。
冬は風がスースーして寒いけど、…まあ、その時はスパッツでも履けばいいし」

何〜っ、ってことは今は下着のみってことか!
血が一気に逆流しそうになり、俺は思わずその場にしゃがみこんだ。
…突っ込むとこはそこじゃないだろ、俺。

「真壁くん?」

だから、俺に寄るなっ! 前に屈むな! 後ろに隙を見せるな!

…頼むから








「…頼むから」





苦しげに口から洩れた言葉で俺ははっと目を覚ました。
もう秋も深まりつつあると言うのに汗で背中にべっとりと貼りついたパジャマ。
そして、俺を心配そうに見下ろす江藤の、否、妻の顔があった。

「あなた?」

のろのろとベットの上に身体を起こして溜息を吐く、……夢だったか。

「どうしたの?」
「いや、何でもない。 ちょっと夢を見ただけだ」





昼間の会話がふと脳裏に甦る。

『愛良、もうちょっとおしとやかにしなさい、見えるわよっ!』
『え〜、これくらい元気があっていいって新庄さんだって言ってくれたもん』
『ばっかじゃねーの、そんな訳ね〜だろうが』
『何よ〜お兄ちゃんは全然分かってないのね〜』
『分かるか! 自分の彼女がじろじろ見られて喜ぶ奴がいるもんか!』
『ふ〜ん、お兄ちゃん、一生ココお姉ちゃんにミニスカート履かせないつもり?』
『問題すり替わってるだろ〜が!』
『愛良、ほら、遅れるわよっ!』

結局短い制服のスカートを翻し、元気に出て行ったわが娘。
その脚の白さは純粋に(以外に取りようが無いが)俊に「若さ」を感じさせた。

「全くもう…」
娘の脱ぎ散らかしたスリッパを揃えながら一つ溜息をつくと、妻は笑いを堪えていた俺を軽く睨んだ。
「今、『わたし』の娘だからと思ったでしょ」
「いや、俺の娘でもあるわけだし…」
言葉を濁したのはふと高校時代の妻の姿を思い出したからだ。
あの頃は気にかけるようなスカートの丈では無かったことにホッとしながら。





つまり

それらがどこかで引っ掛かって、今夜の夢になったと言うわけか。

はぁ
どっと疲れが押し寄せて、俺は前のめりに突っ伏した。
ついた溜息は安堵の溜息なのか、それとも…。

「あなた?」

心配そうに肩に置かれた細い手をそっと握る。
そうだな、あの頃はあれで良かったんだ、そうじゃなかったら俺は…。

「何でもない」

心配そうに見つめる蘭世を抱き寄せ同じベットに身を沈める。

「あれで良かったんだ」

耳元で小さく呟いた俺に訝しげな表情を見せ、蘭世が何か言いたげに口を開こうとする。





挿む隙を与えずに口付けを落とすと、俺は昔の制服と変わらぬ丈のネグリジェの裾を乱していった。








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拍手コメ
「もし制服が今風の ミニスカート丈だったら、王子はどんだけ神経がすり減るのか?」より





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